Q&Aいろいろ
山本山に関するQ&A
 
社名の「山本山」の最後の「山」はどういう意味なのでしょうか?
「山本」は創業者からの姓からとは思いますが、あとの「山」については、どんな意味ですか?
山本山は、元禄三年(1690年)、初代山本嘉兵衛が宇治の美味しいお茶を「より多くの人に楽しんでいただきたい」という思いと共に、京都より江戸・日本橋に出てお茶の商いを行った事が始まりでございます。

山本山と言う名前は、江戸期に発売され当社の売れ筋商品でありました、宇治煎茶の商品名「山本山」に由来し、昭和16年に法人「株式会社山本山」の社名へ正式に採用いたしました。

「山」につきましては、お茶を栽培する場所が人々が住む「里」ではなく、里に対して「山」と云っていた当時の時代を考証すると、「○○さんが所有する茶園」を表して、商品名へのきっかけになったのではと云われておりますが、今から200年程前の出来事ゆえに社内にはそれを断言するための当時の資料が現存されておりませんので、あしからずご了承下さいませ。
 
「上から読んでも山本山、下から読んでも山本山」はいつごろから使われているのでしょうか?老若男女、誰もが知っているこのコピー。作者についても教えてください。

江戸時代に発売された商品 煎茶「山本山」は、商品袋に縦書きに「山本山」と書かれておりました。「右から読んでも山本山、左から読んでも山本山」ではなく、「上から読んでも山本山、下から読んでも山本山」と今に云われておりますそのルーツは、この江戸時代の当時にさかのぼり伺えます。

やがて、広告代理店と共にマスメディアへの宣伝活動を行う時代へとなりますが、当社の現会長によってこのコピー化が決定され、昭和40年代のはじめに積極的にテレビコマーシャルを行わせて頂き、全国のお茶の間の皆様に広く親しんで頂ける機会を得て、今日に至らせて頂いております。
 
海苔とお茶を一緒に売っているのは何故なんでしょうか?
当社は初代山本嘉兵衛が宇治の美味しいお茶を「より多くの人に楽しんでいただきたい」と言う思いと共に、元禄三年(1690年)江戸日本橋でお茶の販売をさせていただいたのが始まりでございます。

海苔は昭和22年(1947年)より販売を開始致しました。保存技術がまだ発達していない時代、お茶に香りが移らなく、海苔の仕入時期が11月〜3月と、ちょうどお茶の仕入時期(4月〜10月)の後になり、1年を通して仕入と販売が出来るために販売をさせていただきました。

お茶も海苔も日本の伝統食品であり日本人の食卓に欠かせない商材として、両方を扱う商売上の自然な流れがあったとも思っております。
 
「山本嘉兵衛」さんって、なんと読むのですか?
「やまもとかへい」と読みます。
また、当社の先祖の名前でもありますが、代々社長が襲名しており現在は九代目となります。